私の履歴

〇若き頃の悩み

 

私は、20歳~23歳まで大変悩みました。その悩みが今、この仕事に生かされていると思います。その当時の悩みとは、「人はなぜ、表現をするのだろう?」ということでした。友人に相談すると笑われ、「そんなことよりも仕事に就けよ」と言われたものです。当時の私は父親の仕事の手つだいをする程度なのんきな人間に見えたのでしょうが、内心はもんもんとしていました。誰に相談することなく「表現するとは何か」この答えを出さないといてもたってもいられないのでした。また、その答えが得られるような予感もありました。

そして、やっとその回答が得られたのです。「真剣に探す」ということ。ある日、あることで気づいたのです。そして、それは自分だけの回答でなく、「出会いの中でその回答は降ろされる」というものです。なんとも明るい気持ちになったことを思います。開かなかった道が開いてゆく。その一つ目の扉を開こうとしていたのです。疑問追及という姿勢です。疑問を抱くことで回答を得られるという面もありますが、疑問追及それ自体がすでに回答であり、疑問をしっかりと隈取り、常に考えてゆくこと。もちろん、友人、知人にも心を開いて問うことも忘れません。そうすることでいろんなことがわかってきました。

 

〇酵素健康法と人生のつながり

 

父は、健康食品に詳しい友人がいて、よくお昼の食事をその方と一緒にしてました。化学用の乳白色の容器にトロリとした透明な液体が冷蔵庫にあり、「水やお湯で薄めて飲め」と言われて飲んでみると甘酸っぱくっておいしかったのを覚えています。「酵素」と、そのときはじめて知りました。今、思えば面白い出会いでまさか自分はこの酵素を研究し広める立場に立つとは思いもよらなかったのです。うる覚えですが、ゆずちゃのような味でした。あれは小学校の4年生くらいの頃でした。

27才の頃のことです。私が長崎市で仕事をしているときにお世話をしてくださっていた合気道の先生で松尾英雄さんという方が「原田君、腐らない玄米ご飯というのがあって、それがもちもちしておいしいので、あんたも一度、そこへ行ってみてはどうか」と、教えていただき初めて酵素玄米ご飯を食べました。それは松尾さんが、私がごはんに麦をいれたり、ご飯と健康を考えていることを知っておられたからでしょう。

 

〇がんは医者が治すもの

 

この長岡式酵素玄米に出会い、この酵素ご飯の常食によって、病気の人が健康へと道を開いてゆかれた体験がたくさんあると聞いていました。でも、人にはそのようなことを伝えることがあっても、積極的でなかったです。

酵素玄米ご飯は美味しいし、長期保存ができるし、問題はなかったです。やがて仕事に追われて数年、酵素玄米ご飯のことを忘れてしまい、ぶくぶく太り74キロまで体重が増えました。

そんな中、南まもる先生と出会い、「病気は自分で治す」という力強いことばとその方法と体験を教えてもらったのです。

回答は、生活習慣です。生活習慣が誘惑のままに生きるのなら、多くの病気になる可能性をはらんでいることを知っていったのでした。

今、私たちの取り巻く食生活は過去のどの時代にもない豊かさです。みんなが同じようにその豊かさを享受しているので特別スゴイことだとは思えないでしょうが、食べられないことに悩む人は、ほとんどいないのではないでしょうか。その逆に、必要以上の大量の栄養を多くの方が摂られていることは、周知の事実です。

 

 

自律酵素健康の会 原田高秀
自律酵素健康の会 原田高秀

講習会のスケジュール

おうちカフェ樹林講習会

大阪府豊中市曽根東町にて、不定期ですが土曜日を講習会の日に当てています。別の曜日で講習会をご希望される場合はご相談ください。

 


おうちカフェ樹林

講習会をご希望されます場合は、お店に電話をされずに、私原田宛に電話、もしくはメールでお願いします。

Email: harada0816@gmail.com

Telephone: 090-1077-9819