触媒と生物

●世界は化学に満ちている。

 

自然の世界は個性を持った様々なものや生命との出会いによって、常に変化しています。まるで、そのつながりには、「変化が予定」が託されているようです。

太陽があり、大地と大海を住処として植物、動物が生きています。植物は光合成により、二酸化炭素を吸収し、酸素をつくり、豊かな実りを産み、他の生き物への貢献をしています。植物と動物は密接につながっています。蜂の絶滅と人類の存亡を語ったアインシュタイン博士は、地球上の絶妙な生物の関連性の全体像を知っておられたのでしょう。個々のつながり、個性と個性のつながりが営みをつくっているようです。

 

化学の実験のように、「A」と「B」を一つにすると「C」と「D」になりますが、これは、実験する人間の意思があって化学反応が起こるのです。自然界にはそのような意思がなくただ偶然によって化学反応が起こっています。

しかし、生体内では、その本人が「食べたい」と思い、「美味しそう」と思い、外にあるものを口に運びます。そうすると、噛み砕き、胃に送り、胃がドロドロにして小腸に送り込み、小腸で栄養を吸収したり、栄養にならないものは大腸へと送ったりします。口の中で含まれたでんぷんは噛んでいる内に酵素によって、麦芽糖に変わり、さらに、小腸で別の酵素によってブドウ糖に変わるのだそうです。一度に変化させるのでなく徐々に変化させてゆくのですね。さらに、タンパク質や脂質なども違う酵素が働き、連携して体の栄養やエネルギーへと変換させるのです。なんと、精妙な工程を身体がこなしていることでしょうか。常に常に変化しているのです、しかも、その変化(化学)は身体の青写真に沿っているのです。

 

 

●私自身の中にある化学(生化学)を知ること

 

その人が、食通、食道楽、グルメで好きなものを四六時中食べると、この身体の中の変化の介在となる酵素が食事の方向に傾きます。数多くある酵素が食事中心の酵素シフトとなります。もっとも大切な身体を維持管理する新陳代謝の働きが怠ることにつながります。そうなると病気になりやすく、また元気もなくなることでしょう。疲れやすいかもしれません。

まあ、若い頃の暴飲暴食はなんとか越えられるものですが、中年以降の暴飲暴食は危険かと思います。年も40を越えると自然とこってりとした食事から、あっさりの和食中心への食事に傾くものです。身体がその人の味覚に影響を与えているのでしょう。このように私たちの食欲は、自分の好き嫌いだけでなく、身体が抱く何かがはたらきによって、あれを食べろとか、あれは食べるなとかという直感がはたらくようです。身体自身が抱くもう一つの意識によって私たちは選び取りを変化させているようです。身体の中に潜むもう一つの意識がまちがいなく存在することを知ることは大切かと思います。それでも、お酒、タバコ、こってりしたお料理、甘い物、食事を好き嫌いだけでガツガツ食べる人は、心の落ち着きから取り戻す必要性があるかもしれません。

 

触媒というのは、「AとBを一つにするとCとDになる」ように、誰かが意識的にそれをして初めて変化します。

酵素は、意識的にするのではないです。そのご本人が「食べたい」「美味しそう」という意思によって、身体に取り入れられたモノを身体に取り込みをし、または外に排出するという仕事をしてゆく。ここにとても不思議が潜んでいるように思えてなりません。変化をある方向へと導く。変化を青写真に沿った方向へ導く力がある。誰にでも、どんな生物にもり、個性を発揮していると思います。

 

一つの受精卵から、天文学的な数字に増殖したその細胞には、すべて均等に遺伝子が組み込まれ、その部署にそった遺伝子によって身体の一部分を形にしているのです。皮膚、毛、爪、血、血管、リンパ、肉、骨、内蔵、すべては、受精卵の「一つ」から始まり、そして、さらに、肉体として完成されたものが「私」となり、思い思いの「行動」「活動」「仕事」をしているのです。生まれ、育てられ、ロマンスがあり、次の世代を生み出す。多くの生物がそれをしているのです。なんという不思議なことでしょうか。遺伝子と体内酵素を基礎として様々な変化を生み出して、行動ができるようにしている力が誰の中にもあるのですね。すごいことです。

 

 

●その不思議を知ったなら、上手に利用しましょう。

 

「AとBを一つにするとCとDになる」というような現象は外の世界では、誰かがなさないと起こりません。

しかし、身体の中で起こるその体内の触媒反応は生きている人間が、それを知っていようがいまいが関係なく起こっている不思議です。そのような仕組みなっていることを知ったなら、ならばそれをうまく利用して健康になればいいのです。

無駄なものをできるだけやめる。でも、我慢すると反動がありますので、上手に我慢してゆく。そうすることで健康になるのです。

 

●長岡式酵素玄米の不思議

 

我慢、我慢では毎日がほんとうに辛いものです。好きなものをやめたり、食べたいというものを打ち消すのは大変です。毎日が砂漠のように無味乾燥したようになりますね。

長岡式酵素玄米ご飯はそのような、身体に不必要な食事に対して、身体がノーというような感覚を与えてくれるのです。これが長岡式酵素玄米のすごいところです。ただ、100%欲しくならないかというとそうでもないです。中には、完全に欲しくなくなることがありますが、50%くらいは、ジャンクフードを欲する気持ちがときとして出てきたりします。

そんなときは、自分自身に「我慢できるか?」と問うてみて、「食べたい」と思ったら食べてみましょう。別に特別悪いことをしているわけではないのですから。あまり、無理をしてはいけませんが、少しは無理も必要です。

 

 

自然の世界は個性を持った様々なものや生命との出会いによって、常に変化しています。まるで、そのつながりには、「変化が予定」が託されているようです。私たちは出会うことで、相手から何かを得て、また、相手に何かを与えています。良いことも悪いことも影響しあっています。「私」という存在は、いつまでも「私」でなく、出会い、関わり合うことで大きな変化をしたり、小さな変化をしています。知らない間に変わり、また、変わることを強要される辛いときもあります。私達の人生そのものがつながりの連鎖と出会いによる変化です。進んで変わろうとする人と、私は「変わらない」と頑な人もいます。これは、人生というステージの話ですが、人それぞれが触媒になっていて、ほぼ化学のようです。