酵素の説明「見ようとしないと見えないもの」

創造性に潜む「原因」と「結果」によって酵素がわかる

●いのちについて:都会の生活の中で

 

 

都会の生活は、様々な人工物に取り囲まれてのたいへんに便利で快適なものです。服、靴、鞄、ペン、手帳、メガネ、携帯電話…。女性なら、化粧品、指輪、アクセサリー、バック…。手元にあるものから、見渡すモノ、あらゆるモノが人工物。それらの存在というのは誰かが「こんなものがあったらいいなあ…」という想いが形になったからです。

 

たとえば、机の上のコーヒーカップ。

美味しいコーヒーを飲むにふさわしい機能性と装飾性が加味されたもの。

食器会社が売れると思われるデザインとふさわしい素材でできています。

 

これが割れたらどうでしょうか。

 

そのいのちは失われて、ただの壊れた破片の集まりとなり、ゴミとして処理されます。コーヒーカップとして、飲み物を入れる道具としての「いのち」がなくなります。

 

私たちの身の回りにある人工物は、誰かの意志により、生み出されたモノ。誰かが、誰かのお役に立つために生み出したモノばかり。そして、使われなくなったモノはゴミ。都会での生活は、多くのモノによって支えられ営まれ、機能性と装飾性を兼ね備えたモノの中で暮らし、便利、快適は、私たちにとって当たり前です。「お役に立つ」ということが「モノの命」だと思うのです。創造には「こういうものが欲しい」という動機が「原因」となり、実際に創り出す「結果」があると考えるわけです。とても当然なことです。

 

 

●表現(結果)とそれを生み出す意図(原因)

 

「私たちは、表現しているものしか見ることができません」

「存在そのものが、表現そのものです」

「その表現をしているモノの背景には、意志があります」

「その表現の主体者の主張。また、無意識の意図です」

「見えているモノの裏側、それを生み出す意志」

「その意志は、見ようとしないと見えないものです」

 

見えるから存在を認識できます。誰でも「見る」ことはしています。もう一つの側面、「意味」や「願い」は尋ねることがないと全くわかりません。その存在の意味、その場にいる理由は、とても認識しにくいものです。たずねないと見えないのです。

 

そんなことあたりまえだろう…と思われているでしょう。この一歩だけ踏み込む洞察で見えてくるものがガラリと変わってくるかと思います。

 

 


●いのちについて:里山や漁村の生活

 

その一方で、自然豊かな里山の生活はどうでしょうか。

農業、林業、漁業は自然が相手です。自然が生み出したものが人々の糧になっています。農業は農作物、林業は材木、漁業は海産物、それぞれは自然が育んだモノです。

これらのものは、ゴミになったとしても自然に還元されます。人間が生み出すものはゴミですが、自然界にはゴミはなくバクテリアや細菌によって分解されます。

次の世代の新しい生命の一部となってゆきます。

自然界のシステムがあり、それらの生活の糧にしているのです。植物の種を育てて農作物にします。植林をして、大樹に材木にします。漁や養殖による海産物の収獲と生産。人間の手は加わるものの、天候と大地の力による生産物です。

 

 

●人間の創造性と自然界の創造性の比較

 

人類は、点々として自然界に生息する動物でなく、人が集まり社会をつくり文化や文明を創り出します。社会は人と人の中で、よりよく生きることを要請しているようです。社会の規範、常識に順応することを求め、社会に依存して生きています。科学技術の発展は自然を支配したかのように、自然を軽く考えてしまいます。「自然に生かされているという感覚」は薄れ、自然界に生かされていることを当たり前のことなり、自然を支配したような錯覚を抱いているのです。

 

そして、私たちの身体も、健康も、間違いなく大自然とつながったシステムです。

 

太陽系ができて、地球が誕生して何年たったのかご存知ですか。42億年です。火星や金星も生まれ、金星と地球はほぼ同じ大きさらしいのですが、金星には全く生物がいません。この星の昼夜の寒暖の差や気圧を考えただけでも生存は無理です。見た目から、生物が生息する気配はありません。しかし、地球はどうでしょうか?青く、美しい星です。見た目からまったく違います。


 太陽の膨大なエネルギーがあり、そのほんのわずかな太陽から光と熱によって地球上の生物がその恩恵に浴しているのです。その太陽の光には生命に有害な宇宙線を含む宇宙風と言われるものがあるのです。それが地球の磁場により守られ、安全となった太陽の光線が大地と大海に注がれます。地球の磁場と大気、海、大地。そして、光のエネルギーを「実り」に変える植物が、何億年という悠久の時をかけて誕生しました。

 

すごいことです。地球が生命を育むためにかかった時間と、その環境をつくるための様々な変化。その悠久のときを経て、立ち現れた人類は、なんと一瞬の内に破壊しつくそうとしているのです。地球が生まれたのが42億年前といわれます。そして、何億年もかけて、いのちが生まれたのです。さらに悠久のときが生命を生み出し育み、多くの種(しゅ)が存在する個性豊かな地球環境を生み出したのです。そのエコロジーのシステムの中に、農業も林業も漁業も…存在しています。 

 

●まとめとして

 

先のコーヒーカップをはじめとする人工物が「役に立つように」との願いをもって生み出されたように、太陽と大海と大地によって、地球環境という雄大な生命を育むシステムの中にあり、それは自然界が抱く意思、「恒常性」という「いのち」の大本があるからです。そして、その恒常性の中にある生物も「役に立ちたい」という意志があるのではないかということです。多くの個性ある生物がそれぞれが共存共生し、時には、弱肉強食の関係、相克関係も生まれます。

あらゆる出会い、出来事が地球という恒常性を創り上げ、壮大なシンフォニーを奏でているようです。それを垣間見た時に、感動できるように人間はつくられているようです。私たち人間をはじめとする多くの動物や植物にも恒常性がはたらき、そのいのちがあるのです。

あらゆる存在は、その存在を生み出す原因となる意志が存在していると思います。この単純な事実を見失うがために、生命を見失っているように思うのです。自然界のシステムがあり、植物が誕生し、動物が誕生し、人間がが誕生しました。自然界のシステムの精緻さは人知を超えて、知れば知るほど感動してしまいます。生命は、恒常性という側面があります。自然界からつながったその恒常性を抱いた、私たちの体内には「酵素」という不思議な物質な物質があります。 「酵素」とは、単に存在して働くのでなくその生体内の意志(青写真)と通じています。生体内の触媒である酵素は、細胞の抱く遺伝子の情報にしたがうのです。遺伝子とは、その生体の「このような姿形と能力」という設計図です。「この設計図どうりの身体をつくろう」としていて、その働き手は休むことなく今も尚、私たちの身体を創っています。一瞬一瞬が新しく、同時に古くなった細胞を外に出すのです。その働き手が酵素です。常に常に青写真に向かって、身体を構築している不思議が身体にあり、その担い手が酵素のはたらきです。

 


道具など、人工物に隠された意図は、わかります。

自然界の動物、植物、鉱物にはどのような意志がそなわっているのでしょうか?

 

上記のことのように、見えない意志、作り手の想いや願いをそのものは体現しているのです。作り手の想いを常にみようとしないとそれは「みえない」のです。それが「酵素」とつながっていると私は思います。

 

●存在理由…なぜ、存在するかを問うこと。

私たちを取り巻く環境のあらゆるモノには、そのような存在理由があります。それは、気づこうとする意志(想いの力)がなければ全く「みえない」のです。そのつながりを見ないかぎり、酵素もただのサプリメントや栄養素の部類に分類されて、そのいのちを見失うことになります。それは残念なことです。

 

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●素直な心
子供の頃、自分ってなんだろうと…思ったことがありませんか?
だれでも、一度や二度、そのような問いを自らに発っすると思います。理由を探すことは、大変むずかしいですが、ひとたび見出すと世界が少なからず変わります。この見ようとするまなざしが「酵素」と関係するのです。

必然がいつもあるわけです。必然を見るまなざしです。私たちの積極的な意識が関与して、はじめて世界は見えてくるのです。問いかけのない心に世界の真意は映りません。

素直に問う心が大切で、積極的に見ようとすることで酵素への理解や自然界の理解がすすむのではないでしょうか。

 

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●酵素はたいへんな自然界のシステム

「酵素」とは、触媒です。では、「触媒」とは何かと、問うてみると、その本質は出会いによる変化です。変化は常に出会うことでなされているようです。

そうなると、世界、自然界、宇宙そのものが個性を抱いた存在と存在との出会いに満ち溢れています。あらゆるものが、「出会う」ことで変化しているのです

大きな変化もあり、非常に小さな変化もあります。

 

・鉱物の変化は大変微量な変化です。

・植物ははっきりと変化します。種から成長します。

・動物はさらに行動をします。

・人間は、自然界を破壊する力がありますが、同時にそれは創造力につながる力です。

 

世界のあらゆるものが、常に変化過程の中にあり、何一つ、一瞬として同じではないのです。一瞬一瞬が変化過程です。その変化を促進するのは、

「鉱物よりも、植物です」

「植物よりも、動物です」

「動物よりも、人間です」

 

つまり、人間はこの自然界の恒常性の酵素的役割の一員としての大きな働きを抱いた存在であります。しかし、今は残念なことにまるで「癌化」しているようです。「大自然の破壊」を仕事にしているかのような「種(しゅ)」です。その破壊の権能は、同時に大自然が生み出すことができない、もう一つの調和という創造力とつながる可能性があるようです。

「酵素」とは、何か…との、問いかけは、私たちに今まで見えない世界の真実へと誘うことになります。酵素を単純な栄養素やサプリメントという道具でなく、酵素という大きなシステムに私たちは取り込まれた存在です。

 

まず、植物の存在理由について>>>>>>植物の心