酵素の説明 「見ようとしないと見えないもの」

あらゆる存在は、その存在を生み出す原因となる意志が存在しています。

 

この単純な事実を見失うがために、生命を見失っているように思います。

 

「酵素」とは、単に存在するのでなくその生体内の意志と通じています。

 

生体内の触媒である酵素は、細胞の抱く遺伝子の情報にしたがうのです。

 

遺伝子とは、その生体の「このような姿形と能力」という設計図です。

 

「この設計図どうりの身体をつくろう」としていて、その働き手が酵素。

 

●表現と主張

とても当たり前のことを言います。

「私たちは、表現しているものしか見ることができません」

「その表現をしているモノの背景には、意志があります」

「その表現の主体者の主張。また、無意識の意図です」

「見えているモノの裏側、それを生み出す意志」

「その意志は、見ようとしないと見えないものです」

 

見えるから存在を認識できます。ここまでは、だれでもしていることです。もう一つの次元、「意味」や「願い」は尋ねることがないと全くわかりません。その存在の意味、その場にいる理由は、とても認識しにくいものです。

 

●目の前の、モノの存在の理由を考える(例1)
たとえば目の前に、美味しそうなケーキがあります。

なぜ、存在するのか?

 

回答:・ケーキを作り消費者に喜んでもらいたい…ケーキ屋さんの心がそれを作り出しているのです。

 

なんと、あたりまえのことを言うのか…と思われているでしょう。

この一歩だけ踏み込む洞察が必要と思います。

この洞察によって、酵素の真意がわかってくると思うのです。

 

●目の前の、モノの存在の理由を考える(例2)
では、ケーキの下の皿は…なぜ、存在するのでしょうか?

 

回答:料理やデザートが引き立つ皿をつくるメーカーの企画が作り出しているのです。

 

全く当たり前のことです。


●目の前の、モノの存在の理由を考える(例3)

次に壁に抽象画があります。その存在理由は何か?


回答:その画家の想い。描きたいとする情熱や情動があります。

 

画家自身に、そのような問いかけをすると「理由はない。ただ描きたいと思ったから描いた」と言ったりします。つまり、自分の表面意識が描いたのでなく、深いところから描いた。「どのようにこの絵を受け止めるかは人それぞれ感知しません…」というようなことを言います。つまり自分ならざるものが筆をとったとのことです。

 

ちょっとカッコつけて言う人が多いですね、芸術家は。


●目の前の、モノの存在の理由を考える(例4)
あなたの今日のファッション、

今のお洋服はなぜ、それでしょうか。

 

回答:今日、この会に出席するにふさわしい服を選んだ。

   自分をよく見せたい。素敵に見せたいから。

 

・エレガントに見せたい…。

・大人ぽく見せたい…。

・若くみられたい…。

・自然体で…。

 

いろんな思いがあって、この装いを選び、お洋服に合わせて、お化粧のイメージや、さらに立ち居振る舞いを装います。

何も考えないで自然体の方もいるでしょう。自然な私が素敵という思いであったり、単に面倒くさかったりします。

 

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上記のことのように、見えない意志、作り手の想いや願いをそのものは体現しているのです。作り手の想いを常にみようとしないとそれは「みえない」のです。それが「酵素」とつながっていると私は思います。

 

●存在理由…なぜ、存在するかを問うこと。

私たちを取り巻く環境のあらゆるモノには、そのような存在理由があります。それは、気づこうとする、こちらの意志(想いの力)がなければ全く「みえない」のです。見ないかぎり、酵素もただのサプリメントや栄養素の部類に分類されて、そのいのちを見失うことになります。それは残念なことです。

 

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●素直な心
子供の頃、自分ってなんだろうと…思ったことがありませんか?
だれでも、一度や二度、そのような問いを自らに発っすると思います。理由を探すことは、大変むずかしいですが、ひとたび見出すと世界が少なからず変わります。この見ようとするまなざしが「酵素」と関係するのです。

必然がいつもあるわけです。必然を見るまなざしです。私たちの意識が関与して、はじめて世界は見えてくるのです。問いかけのない心に世界の真意は映りません。

素直に問う心が大切で、積極的に見ようとすることで酵素への理解や自然界の理解がすすむのではないでしょうか。

 

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●酵素はたいへんな自然界のシステム

「酵素」とは、触媒です。では、「触媒」とは何かと、問うてみると、その本質は出会いによる変化です。変化は常に出会うことでなされているようです。

そうなると、世界、自然界、宇宙そのものが個性を抱いた存在と存在との出会いに満ち溢れています。あらゆるものが、「出会う」ことで変化しているのです

大きな変化もあり、非常に小さな変化もあります。

 

・鉱物の変化は大変微量な変化です。

・植物ははっきりと変化します。種から成長します。

・動物はさらに行動をします。

・人間は、自然界を破壊する力がありますが、同時にそれは創造力につながる力です。

 

世界のあらゆるものが、常に変化過程の中にあり、何一つ一瞬として同じではないのです。一瞬一瞬が変化過程です。その変化を促進するのは、

「鉱物よりも、植物です」

「植物よりも、動物です」

「動物よりも、人間です」

 

つまり、人間はこの自然界の恒常性の酵素的役割の一員としての大きな働きを抱いた存在であります。しかし、今は残念なことにまるで「癌化」しているようです。自然の破壊を仕事にしているかのような「種」です。その破壊の権能は、同時に大自然が生み出すことができない、もう一つの調和と創造力とつながる可能性があるようです。

「酵素」とは、何か…との、問いかけは、私たちに今まで見えない世界の真実へと誘うことになります。酵素を単純な栄養素やサプリメントという道具でなく、酵素という大きなシステムに私たちは取り込まれた存在です。

 

まず、植物の存在理由について>>>>>>植物の心

 

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