長岡式酵素玄米は

「医食同源の傑作健康法です!」


感染症から身を守るためにも腸内環境を整えましょう。

 吾唯足知

貨幣経済の始まりの頃…様々な通貨が誕生しました。その錆びた古銭に刻まれた4つの文字と銭の穴を利用してのデザインの妙、「吾唯足知」。これは貨幣の流通により、先人が経済の末路を危惧した「智慧」のデザイン。

「吾れ、唯、足るを知る」は貨幣経済の末路を危ぶむ先人が「戒めよ」と言っているようです。ところで、少し前のことですが、世界経済を牛耳っているのは10%の経済人と言われたことがありました。でも、現在それが1%を切ったとも言われます。どういうこと?と思われるかも知れません。また、分かっている方もたくさんおられるでしょう。

まさに、吾唯足知の戒めを破り、「吾れ、唯、貪り、尽くす」人々がいる世界を覆っているのです。ほんの一握りの人々が、超々特大レベルの大金持ちがさらに、富の集中を図り富を貪ろうと…。同時に、それに無関心な人も増え小さな自分の幸せで閉じた外界への無関心さ。それが今まさに極みに至ろうとしている。市場を一元化することであらゆる富の集中システムを作り出す。狡猾な人はさらにさらに狡猾になり、安穏とした無関心な人はさらに安穏へ。そのような世界システムがもうしっかり見て取れるようになりました。

 「私」という生態系

自然界は豊かな生命のネットワークによってできています。唱歌「春の小川」は「さらさらゆくよ…」の歌詞のとおり、里山の風景。草花や小川や泉、そこに集い合う、小動物や微生物たちの絶妙なつながり、ネットワークがあり、見ている私たちの心を癒しまnおす。さて?「咲けよ、咲けよとささやきながら」という言葉は誰に向かってささやいているの?

「春の小川」の歌にあるように見えざるささやきが自然界にあるようですね。もの言わぬ小川が、春が来たことを流れゆく水が運ぶように大地にささやきながらゆく様。野に咲く草花に向けて話かけている…と私は思います。

自然の生態系には、見えざる、そして、聞こえざる声がいつも響いていて、凍った大地の冬から芽吹きの春にかけてのダイナミックな転換にそれは見え隠れするようです。そして、私たちの身体も一つの生態系としてありつづけ、私ならざる私のもう一つの声がいつも健康を管理しているのです。

 

もう一つの声

今、自然は人類の手によって「種の環」がとてつもない速さで破壊されていると聞いています。人間たちの強欲によって都合のいいように自然を作り変えて、元に戻らない砂漠化を生み出しているのです。生態系を無視した、思い上がりが、自然を切り刻み、刹那の利益を貪る人々がいて、それを許してしまう無関心さが世界を覆っている。人間の強欲と無関心がこの地球を覆う構図は我々、個々の生活にもつながっている。自分の小さな幸せだけで生きるのでなく、もっとできることをしてゆかないといけない。身体の生態系の豊かさを取り戻すのには、まず、簡素な食生活による消化器官の順調なはたらきの確認が大切です。それによって、健康状態は保てます。私という人間、つまり私個人という閉じた自然の生態系の完成はこの酵素ご飯でできるでしょう。仮に酵素玄米ご飯がなくとも、一日二食にするとか、一食にするとか、まずはよく噛むとか、様々な健康法や、身体を鍛えること(ストレッチなど筋肉を柔ららげること)も、私という生態系にとっては大切なものです。そこには自らを律することで果たせる可能性が潜んでいるのです。

 

酵素玄米などに関心を持たれている方々にとっては、もう百も承知と言われるかもしれませんが、自然の豊かさを大切にすることが私たち人間の大きな使命でしょう。社会全体が手を取り合い、自然界を一つに結び、豊かな生態系のネットワークをさらに豊かなものにする人類の叡智、創造力を発揮する「絆」が待たれていると思います。私たち一人一人の生きる現場で、自らの調和と自らを含む、家庭や職場や地域社会への貢献を目指して行かれることを思います。そのために、まずは自らを律する酵素玄米ご飯の食生活を私はお勧めしています。

 

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