長岡式酵素健康法について

『断食』に近い効果 + 『玄米食』の効果 +『酵素』の効果

 

●断食ではなく、食べながらその効果に近づくことができる。

 

「食べる」ことをしながら、消化酵素を最小限に抑え、身体を修復させる「代謝酵素」を温存し身体の回復を図ること。

人間の持つ自然治癒力というのは、代謝の力であると思います。身体の新陳代謝をより充実させるには、身体が必要とする代謝酵素をどれだけ確保するかにかかります。食べないことにより、消化酵素が使われなくなり、その酵素は代謝酵素に割り当てられます。しかし、食べないと身体が持ちません。もちろん、食べたい気持ちと戦うのが大変です。しかし、それを食べながら酵素の力を代謝にまわすことができるなら、身体にとってこれほど嬉しいことはない。

 

原因を見定めて自分なりにも判断を。

 

身体には、身体を守ろうとする「恒常生」とつながった意識があると思います。暴飲暴食をすると痔になったり、口内炎になったり、ニキビができたりします。身体が発している信号です。痔になったら薬。口内炎になったら薬。風邪をひいたら薬。なんでもかんでも薬という「先入観」は大間違え。かと、言って薬を飲んではいけないというのも違うかもしれません。それでも、薬を飲む前に原因を考えるべきです。

 

(1)暴飲暴食はないか?

(2)疲労過労はないか?

(3)心の面で圧迫はないか?

 

(1)(2)(3)のどれも身体の酵素のシフトが変わってしまうようです。

 

そして、そんなときに必ず排泄は乱れます。また、色形が健康時と変わります。健康時の排泄をしっかり憶えておくべきですし、酵素健康法をしているなら、確実に理想の排泄がなされます。身体が喜ぶ証と言える実感とそれにふさわしい排泄がでるのです。そのような排泄を続けているとき、病気の方は恢復に向っている思います。身体にとって、もっとも充実した代謝が行われていることです。自然治癒力が高まっている状態です。このような「身体との対話」こそが、酵素健康法です。

 

付け加えて「心」の面による劇的な変化もあります。気持ちが落ち込んだときに人間はグンと身体は悪くなります。

その真逆もあります。その一例をここで挙げます。

 

●心が変われぱ、身体も変わる。

心だけでも、病は癒される実例

(この方は、酵素健康法をされていません)

 

Mさんは京都在住の70代女性で、一人娘のYさんと暮らしておられます。娘のYさんが幼い頃にご主人と別れられて幼いYさんを育てられました。そんなMさんは肺の血管が詰まる難病であることがわかりました。

家の階段の上り下がりにさえ途中で息が切れてやすまざる得ない大変な状態になり、大きな病院で検査を半年間も続きますが原因がわからずでした。別の病院にかえてやっと肺の難病であることがわかり、「よく、生きておられる」と、医師に言われるほど、大変な事態。自分の生死より、残された娘のYさんが心配。手術がうまくゆくとはかぎりませんので、もし、仮に死んでも私には何も思い残すことないし、心配しないでほしいという思い打ち明けることにします。

娘のYさんは40代の立派な大人ですが、幼い頃から二人で暮らしてきた深い関わりがあります。エネルギッシュなMさんは幼い頃より娘のYさを可愛がる一方で、支配的な面を出していたこともあり、そこから関係がねじれてしまい、素直な心の交流ができない、反発される関係となっていました。

ある日、娘さんのYさんがお鍋を用意してくれましたので、いい機会と話されます。自分の病気が大変な状態(難病指定の病気)にあり、手術によって命を失う危険性があることを告げ、もしものことがあっても何も心配しないようにと伝えたのです。

それまでの関わりから、MさんはのYさんの反応を思い描いていました。「あ、そう、私は大丈夫よ」と、さらりと受け流すだろうと思っていのです。それほど、二人の関わりは反感、反発的な関わりを長年つくってこられていたのです。

 

ところが、娘のYさんは、涙を浮かべながら「お母さんとの関係の修復の結び直しをするのが私の人生…」と本心を語ってくれたといいます。それから、鍋を前にした二人は涙で語りあったのです。

その、翌朝のこと。Mさんは、目が覚めると身体が軽く、窓のカーテンもさっと開け朝日とともに起き上がり、階段もトントンと昇り降りができるほど動くことに驚きました。

これは、薬の効果でもなく、本当に関わりの修復がもたらした心の面への充実感が身体にもたらしたもの。これも、きっと体内酵素がかかわっていると思います。

その人が人生をかけて果たしたい何かをなしたとき、人は心の底からの歓びと感謝に満ちる。そのときに身体は全機する。その実例だと思います。

 

※心の面が深く変わった時に身体も変わる実例だと思います。