医療に支配されずに調和する柔軟な考えに

●病気になったら、徹底的にその病気について知ることだと思います。医師から出された薬についても、できるだけ調べ上げる。その病気の専門家のようになるべきです。お医者さんの言われたことを鵜呑みにせず…名医もヤブも見分けられないのが私たち素人です。白衣のイメージに支配されてしまいます。同じ風邪でも名医にかかれば、隠れたる病気がわかります。そうでない医者は公式どうりに薬を出すものです。難しい病気なら、当然一つの医者でなく、二つ、三つの医療機関にかかり意見を聞くことは大切でしょう。

それで、食事はどのようにすればいいか?と尋ねると紋切り口調で、「はい、バランス良く、食べて、食べ過ぎに注意してください」ということです。食事のあり方などで病気になっているのに、食事の変革は言われないのはおかしいでしょう。

 

●いろいろな医療機関を受診されれば、西洋医学、カイロプラクティック、鍼灸、整体。専門家が見るまなざしに、違いがあることきっと驚かされるはず。ということは、医療受診を受け身でするのでなく、医者に協力的に学ぶことでしょう。そうすれば、あまり上手でないお医者さんでも、患者さんの勉強と協力で病気克服へのみちをつけられるかも知れません。

 

●医療では、酵素は重要視されていません。むしろ、「何それ?」と言われます。酵素を重視するより医薬品の方を当然優先されています。それに、酵素はほとんど商売になりません。なぜなら、酵素を重視するとなると、何も摂らないほうが身体に良いという考えになるからです。

 

●酵素より、放射線治療、酵素より外科手術。そこがとても残念です。他の病気で長い年月、薬を服用されていて、身体が弱るということがあります。酵素が不足、酵素の不安定な状態です。ガンが発見され、それでも強い薬を出されたりすることを聞くと、これからの医療においてもっと酵素の研究が必要なんだろうと思うのです。

 

ある芸能人の奥様が亡くなられたご主人のことを本にされました。その中で、有名病院のがん治療の粗さを感じます。代謝酵素の充実という観点からするととても、不自然な治療をされています。亡くなられたご主人はすでにうつ病を発症されておられ、強い薬を投与されていたのです。普通の人がそれを服用すると一週間ほど眠るだろうと言われる薬です。

その上に化学療法をされたのです。化学治療は健康体でもきつい薬です。そして、お亡くなりになられたのです。才能と人気のある方です。とても、残念です。人体の健康状態を酵素的にみるなら、もっと打つ手はあったと思うのです。西洋医学を中心とした医療の典型のように感じます。東洋もカイロプラクティスや整体、気功も含めた何か新しい医療の形態があるのではないかとも思います。何よりも酵素的まなざしが大切です。病気になったら、病院へ。病気になったら薬。という考えを今一度考えるべきかと思いました。

 

酵素は語る「生命」は「現象」。

●酵素は、体内の触媒です。個性をもったはたらきをそれぞれがします。一つの酵素は一つの働きしかしません。さきのアミラーゼはデンプンの分解だそうです。そのような個性をもった酵素群が存在が、変化させ、変化させて、私たちの生命の維持と活動源となるように日々、さまざまな変化をさせるのです。しかも、全体としてある青写真を具現しています。細胞の一つ一つに組み込まれている核。その中の遺伝子の情報を表しているのです。設計図とその具現が生命であり、個性と言えるのでしょう。私達は個性の発現という現象を生きていると言えないでしょうか。私たちは、この個性を表現するために生まれ、生きているというのが私の考えです。この個性の発揮、発現というのが酵素から見えてくる生命の不思議であるとともに、現象です。

 

●太陽の光が植物の光合成により、デンプンを生み出し。それを動物が食べて身体に栄養として蓄積し、活動する。そして、その動物が食物連鎖のようにある一定の「種」のバランスを産み保つのです。

元々は、太陽という湧出するエネルギーがあるからです。地球上のあらゆる生命が太陽の恩恵にこうむります。ほんの僅かな生物が地熱をエネルギーに変換しているそうです。ですので、全てといっていいほどの生命が太陽という莫大なエネルギー源から、ほんのわずかな光が地球に注がれ、この光を基に生命の活動を謳歌し、営み、栄えるのです。(※営みという漢字も、栄えるとおいう漢字も、火を二つ冠に乗せる漢字です。先人もこにょうなところに着目していたのでしょう。)

地球は太陽の表現媒体。キャンバスなのかも知れません。そして、その絵の具は動物、植物であり、その配分、配置を決める絵筆のような存在が人間なのかも知れません。

また、地球を身体にとたえると、その酵素は人間であり、私たち一人ひとりであり、その一人ひとりには自由意志が与えられ、調和しようが反乱しようが、自由であるところに不思議さを感じるのです。

 

 

●酵素はとても不思議です。

(1)私たち人間が、他の動物と同様に、地球上の雄大な大自然とつながった存在であることを呼びかける、体内物質です。(2)さらに、私たちの深い感情とつながった体内物質でもあります。心の変化が身体に現れていると言えるのです。

 

・その一方で、その民族に受け継がれた自然で控えめな食生活。(飽食はその真逆です)

・呼吸。適度な運動(呼吸にしても運動んしても酵素を使うことになるのですが、健康維持になるのです)

・前向きな生活態度、感情、積極性や感謝とのつながりがあると思われます。(やる気、意欲が健康とつながる)

つまり、円滑な人間関係と社会の中で、自然の中で以下に調和がとれた生活をするかでしょう。

 

「満たされると、どこまでも貪り」「足りないと不満で、他人のものまで欲する」を戒めてゆく生活態度が大切だよ!と、酵素は私たちに語りかけてくれているのです。

 

 

医食同源

酵素を身近に感じる方法が、長岡式酵素玄米ご飯です。

●心あるお医者さんや研究者の方々は、もうすでに知っておられるはず。自然な食事が身体に予防医学としてもっとも適切であることを。免疫力や自然治癒力を発揮するのは食事や適度の運動と朗らかな日々の生活であることを。でも、業界のしがらみから自由に発現もできず、また、自分たちの仕事から逸脱したことができない状態にあるのではないかと思います。長岡式酵素健康法が私はもっとも健康への近道だと思いますが、そのほか、酵素的な健康法がさまざまにあります。それらが、さらに市民権を得て、新しい時代の医療となることを望みます。物質だけの医療の限界はもう見えていると思っています。

●がん患者の皆様の中には、強いストレスを体験された方が多いと聞きますが、その気持に癒やしが訪れることを願いつつ、闘病されることを慎みつつ申し上げます。

私に酵素玄米ごはんの真実を伝授くださいました南まもる先生は、末期の肝臓がんが発見され、医者にも見はされた入院を拒否されたそうです。すべてをあきらめ死ぬまではたらくしない…との絶望の中で酵素玄米ごはんと出会い、酵素玄米ご飯だけを食し、一年後に担当医の前に立たれたそうです。担当医は幽霊を見る目で見ておられたそうです。そして、肝臓の細胞診をされて、ガンがなくなっていることを医師に認めさせたのでした。このようなこともあるのです。